旅の居心地【フィンランド編(1)”おいしい”を選べて、居心地がいい】
こんにちは。自分にとっての居心地のよさについて考えるライター、とりのささみこです。
2024年夏、はじめて訪れたフィンランド。憧れ続けたその国は、わたしにとってとても居心地のいい国だった。
あの地で感じた居心地のよさを忘れないため、このブログ「居心地研究室」に書き留めていこうーーー
という、決意の記事をアップしてからはや一か月。
またもやブログ更新が止まっていた。わお。
「次にフィンランド行くならクリスマスシーズンがいいなぁ」なんて言ってたら、もうすっかり世の中ジングルベルの季節になってしまった。
「もしかしてわたし、本当はブログなんてやりたくないんじゃないか?」と自分でも思ったりするが、よくよく心の声に耳を傾けてみると、やっぱりブログは続けたいし、フィンランドのことは書きたい。
やりたいと思っていることほど、いざとなると後回しにしてしまう……なぜなんだ?自分。
この問いは追いかけるとキリがなさそうなのでいったん置いておくとして、本題。重い腰をあげ、ようやくフィンランド編の続きを書きます。
前回は序章の(0)として書いたから、ようやく第1章。
今回は、「食」で気付いた居心地のよさがテーマだ。
何はともあれ、まずは美味しい思い出を振り返る
わたしと夫が、「フィンランド住みてぇ~」と滞在中しきりに言っていた理由のひとつが、食べ物にある。
その一部を紹介しよう。
毎日これでいい。涙するほど離れがたかった朝食
真っ先に思い出すのが、ヘルシンキ滞在中に宿泊したOriginal Sokos Hotel Vaacuna, Helsinkiの朝食ビュッフェ。

ホテル10階にある朝食会場は、360°ガラス貼りで、広々と開放的。比較的お天気にも恵まれていたので、とても爽やかな気持ちで朝ごはんを楽しめた。

肝心の食事ラインナップは、もう、拍手喝采。わたしはホテルの朝食バイキングがだい・だい・だい好きだが、Sokos Hotel Vaacunaのそれには、トップクラスにテンションがあがった。
山盛りの新鮮な生野菜。ほかほか、ふわふわのスクランブルエッグ。何種類ものチーズにハムにソーセージ…
フィンランド名物の「カレリアンピーラッカ」もここではじめて食べた。甘い味を想像していたけど、食べてみると素朴な穀物の風味。おにぎり的な立ち位置なのかもしれない。卵サラダをのせて食べるのが主流のようだった。

ヨーグルトもてんこもり。ベリーソースをかけるのがまた、フィンランド気分が高まる。

ここで朝食を食べたのは3回。並ぶ料理はほぼ毎回同じだったけど、とても一食じゃとりきれないくらいバラエティ豊かなので飽きることはない。そもそも家で食べる朝ごはんだって、毎日そんなに変わり映えはしないし。
最終日には、「もう明日からこの朝ごはんを食べられないのか…」と、思わず涙腺がゆるみそうになり、腹が許す限りたっぷりいただいた。
雰囲気ばつぐんの老舗でいただく、家庭料理
初日の夕飯に訪れたのは「Ravintola Konstan Möljä」。北欧の伝統的な家庭料理をビュッフェスタイルで楽しめるお店だ。
まずはトラディショナルを知りたいよね、と調べて発見。当日の昼に2名で予約を取ろうとしたら、17時~のひと枠しか空いていなかった。
「人気店なんだなぁ」と思っていたら、わたしが敬愛する北欧在住のコミックエッセイスト、週末北欧部chikaさんの著書で紹介されていた店だった。意図せず聖地巡礼が叶ったわけだ。

”家庭料理の店”というところからおばあちゃんの家っぽい感じをイメージしていたが、入ってみると、古い漁師小屋を思わせる内装。漁業がさかんな北欧ならでは?なのだろうか。漁網や大きな魚の骨っぽいもの、古い写真などが飾られていた。

店内中央のテーブルがビュッフェ台になっている。野菜、魚、肉。それぞれの素材を活かした料理が数種類ずつ、ぎっしりと並ぶ。温かいスープも用意されていた。
嬉しかったのは、野菜の料理がたっぷりあったこと。この日は昼にあまり野菜をとれていなかったのでありがたい。

北欧の名産、肉厚でうまみのぎゅっと詰まったサーモンのグリル。肉をメインで食べようと思っていたけど、美味しそうすぎて我慢できるはずがなかった。

トナカイ肉をはじめて食べたのもこの店だ。しっかりと歯ごたえがあり、食べればそのまま、体をつくる筋肉になってくれそうな、なんというか、頼りがいのある肉。ラップランドに暮らしていたサーミ族もこの肉を食べていたのかなと思いを馳せる。

どのメニューも味付けがちょっと濃いめだったのは、寒さの厳しい冬に備えて食べ物の保存をよくしておくためなのかもしれない。
ビュッフェというのは本当に恐ろしいもので、思ったよりも食べ過ぎてしまった。店を出たのは18時頃。日が沈む気配さえない青空に、「これが夏の北欧か」と新鮮に驚きながら、腹がこなれるまでひたすら歩いた。

エストニアだけど…旧市街で食べる中世料理
こちらはフィンランドではなく、日帰りで訪れたエストニアの旧市街・タリンで食べたお昼ごはんの様子。確か、Instagramの投稿で見つけたのだ。
お店の名前は、「Olde Hansa」。古いゲルマン語で”old tribe”という意味らしい。古き良きひとびと、みたいなことかもしれない。

ここは、中世のレシピを再現したお酒と料理を楽しめる店。世界遺産に登録されるタリンの街並みでいただくのにこれ以上の選択肢があるだろうか?なにがなんでも行きたい!!と訪問の1週間以上前にランチを予約した。
店舗の建物は、その昔商人の館だったらしい。わたしたちが通されたのは、道に張り出された広いテラス席だった。薄暗い建物内の席も雰囲気たっぷりだが、こちらのほうが写真がよく撮れたし、開放感もあって満足。

Olde Hansaの店員さんたちは中世風の衣装に身を包んでいて、とてもかわいい。
わたしたちのテーブルについてくれたのは、緑のドレスを着たお姉さん。「中世料理を食べるぞ!」と意気込んだはいいものの、実際中世料理ってどんなもんじゃ?とチンプンカンプンな我々に、おすすめメニューを丁寧に教えてくれた。



味は、期待したよりはるかに絶品。数百年前に食べられていた外国の料理、ということである程度のクセを予想していたけど、食べてみれば自然と舌になじむ。不慣れなアジア人とみて、店員さんが初心者向けのメニューをおすすめしてくれたのかもしれない。それにしても美味い。

旅の醍醐味、現地スーパーでの買い食いも
海外に行ったら現地のスーパーやコンビニに入るのが楽しみ、という人もいるだろう。わたしもそのクチだ。

新婚旅行だし「お金は気兼ねなく使おう!」と心に決めてはいたものの、やはり物価の高いフィンランド。加えて昨今の円高。毎晩外食はさすがに…と、滞在中2日はスーパーで夕食を調達することにした。
ホテルに調理スペースはなく、電子レンジも借りられるかどうか不安だったので、購入したのはそのまま食べられるもしくはお湯を注ぐだけのもの。

驚いたのは、どのスーパーにも必ず寿司コーナーがあること。確かにフィンランドは漁業がさかんで、名産もサーモンなので不思議ではないのかもしれない。実際、サーモン寿司はかなり美味しい。
先にお名前を書いた週末北欧部chikaさんも、フィンランド移住後最初に就いたのは寿司職人の仕事だった。
それから量り売りのサラダがお得。野菜、チーズ、肉など色々な具材がビュッフェのように選べるのだが、何を入れても関係なく重さだけで料金が決まるのだ。工夫次第でかなり満足度の高いサラダを、安いお値段でゲットできる。
ヘルシンキを離れてヌークシオ国立公園に一泊した夜は、雑穀パンとサラダ、ハム、個包装のシナッピ(フィンランド名物の甘口マスタード)でオープンサンドをつくった。


繰り返し書くが、フィンランドは物価が高い。とくに外で飲んだり食べたりするのは、現地の感覚でも贅沢なことだという。そのため、フィンランド人は家で食事をとることが多いらしい。
次回また旅行するなら、キッチンつきのエアビーを借りて、自炊メインで滞在してみよう。コスパがいいし、現地気分も高まりそうだ。
”選べる”ことの居心地のよさ
…さて、お気づきだろうか。
実はここまで紹介した料理の数々、すべてグルテンフリーなのである。
この朝食のパンやクッキー、カレリアンピーラッカも

中世料理も

スーパーで買ったパンやシナモンロールも。すべてグルテンフリー。

フィンランドの食がわたしにとって居心地がよかったのは、単に美味しくて口にあったからだけではない。アレルギーのため食事制限をしているわたしが、不自由なく選べる食べ物が多かったためだ。
もう慣れた。でもたまに「つまんない」グルテンフリー生活
これまでに数回、小麦粉が原因でアナフィラキシー(重度のアレルギー反応)を起こしてきた私は、ふだん小麦粉を避けてグルテンフリーな食生活を送っている。
パンもパスタもラーメンもピザも、小麦粉で作られたものは基本口にしない。
この生活を始めたのが高校生の頃なので、かれこれ10年以上。さすがに慣れてきたし、日本はそもそも米食文化なので、徹底的に困る場面は少ない。
でもたまに、「ああ、つまんないな」と思っている。
たとえば。わたしが今食べてみたいご当地名物のひとつに、岩手の盛岡冷麺がある。作家のくどうれいんさんが盛岡冷麺の短歌をつくっていて、そのうたがわたしは好きなのだ。
だけど調べてみても、グルテンフリーの盛岡冷麺が食べられるお店が、なかなかヒットしない。おうちで作る用のグルテンフリー麺は通販で買えるけど、わたしはいつか盛岡で、盛岡のひとがつくった盛岡冷麺を食べて、「これがひかりの味か」と納得したい。
あと、アレルゲンを避けるとテーマパークフードが各段につまらなくなる。
たとえばこれはディズニーシーのメディテレーニアンハーバーにある「ザンビーニブラザーズリストランテ」で注文できる低アレルゲンメニュー。

イタリアンのレストランなんだから、せめてリゾットとかないかな?と思う。しかもわたしの記憶が正しければ、2015年前後の段階ではグルテンフリーパスタのオプションがあったはず。経費削減でカットされたのだろうか。今ではランドもシーも、気軽に入れる価格帯のレストランではほとんど共通してこの肉なしシチュー/カレーが提供されている。
ただし私の場合、アレルギーの程度としては軽いほうだ。これまで症状が出た条件も限定的(運動をした/飲酒をした/体が疲れていた、など…)だし、小麦をどれくらい食べられるかのテストも受けたことがあるので、ある程度の量であれば大丈夫だったりする。
だからまぁ、多少ハンバーグのつなぎやソースに小麦が混ざっていたとしても、よほど体調が悪くなければ食べてしまうこともある。それで「つまんないな」と思うのも贅沢な話だ。
私より症状の重いひとには、苦労も、残念な気もちになることも、もっとたくさんあるだろう。
グルテンフリーにヴィーガン。”選べる”が多い北欧
わたしは、フィンランドの食に感動した。
まず、空港のゲートを出て最初にのぞいたカフェですでに、グルテンフリーのケーキが売られている。


街のスーパー。カフェ。レストラン。ホテルの朝食ビュッフェ。あらゆるところで見かけた「G」や「VG」、「L」の表記。それぞれ、G=グルテンフリー、VG=ヴィーガン(植物性の原材料)、L=ラクトフリー(乳製品不使用)を意味する。(そこまで注視していなかったけど、ハラルフードのオプションもよく見かけた。)
Gの表記は、小麦アレルギーでも選べる食べ物という印。しかも、その選択肢がほとんどどこでも、複数用意されていた。
ホテルの朝食ビュッフェ会場には、グルテンフリー&ヴィーガンコーナーが。


街の老舗レストランでも、料理の皿にはすべてアレルゲン表記がついていて、複数ある「G」の料理から好きなものを選べた。

タリンの中世レストランは事前にメール問い合わせしたところ「単品メニューのほとんどがグルテンフリー変更できる」と教えてくれ、当日はスタッフの方が、どのメニューがどんな風にグルテンフリー対応できるのか相談にのってくれた。

街中のカフェにはグルテンフリーのケーキやオープンサンドがあり、スーパーに行けば、ひと棚まるごとグルテンフリーコーナーが見つかった。

驚いたし、嬉しかったし、とても居心地よく感じた。
選べるものがある。存在が、承認されている気持ちになる。
でもどうして、選べる食べ物がたくさんあることを、嬉しいだけじゃなく居心地がよいと感じたんだろう?
この問いがちょっと大きくて、長いことああでもないこうでもないと悩んでしまったのだけど、この前ひとと話してるとき、ぽろっとこんな言葉を出していた。
「わたしは、グルテンフリーで選べるものがいくつかあると、存在が認められている気がする。だから嬉しいし、居心地がいいのかも」
言ってから、「なるほど」と自分で納得してしまった。
わたしにとって食事は、「自分がマジョリティではない」と感じるいちばんわかりやすいポイントだ。
日本にもこの10年でグルテンフリーは広く浸透したけど、やはり特別よりなものと感じるし、はじめて食事を一緒にする相手に「小麦粉なしのメニューを選べるお店が良い」と伝えるときは申し訳ない気持ちがどこかにある。
でもフィンランドで生活していたら、そんな居心地の悪さは薄れるのではないか、と思うのだ。グルテンフリーを置く店がたくさんあるので、(値段のことはさておき)人を外食に誘いやすいし、お店をあわせてもらわなくちゃというプレッシャーも感じにくい。
※※注意※※
だいたいの人は、他人の食事制限や、それに合わせることに不満を抱いたりしないと思います。こんなことを書くのは、とりのささみこがアレルギー当事者であり、かつ、かなり「気にしい」なほうの性格だからです。実際、「ピザやパスタがダメ」とか「お好み焼きは食べれない」とか言って、ひとからイヤな顔をされたことはほとんどありません。
小麦粉アレルギーのひと。セリアック病(小麦などに含まれるグルテンが対象の自己免疫疾患)のひと。卵や乳アレルギーのひと。乳糖不耐症のひと。ヴィーガンを実践するひと。
みんなが食べられるものが当たり前にある。いくつもある。しかも、美味しい。
フィンランド(とエストニア)で目にした食の多様な選択肢は、「世の中いろんな人がいるもんねぇ」という、ゆるい承認を感じさせてくれた。
食から感じた、フィンランドの多様性
フィンランドには食べられるものがたくさんあった。居心地がよいと感じた。
この2つは、どのようにつながるんだろう?探し当てたキーワードが「承認」だ。
承認欲求というのは厄介者にされがちだけど、そもそも、言葉が本来持っている意味がヘンな方向に膨らんで捉えられているんじゃないか。
承認というのは、それが当たり前である、正当であると認められること。自分の存在を当たり前だと認めてもらいたいなんて、人間にとってかなり素朴で、それこそ当然の欲求だと思う。
わたしの手元には、週末北欧部chikaさんのほかにも、日本からフィンランドへ移住したひとが書いた本が何冊かある。
そのうちひとつが、朴沙羅さんの『ヘルシンキ生活の練習』だ。この本、めちゃくちゃ面白い。先日続編が刊行され、そちらはまだ読んでいないけど、本屋で見かけた新刊の帯に「ガチ多様性」と書かれているのが印象的だった。
多様性の国、フィンランド。本当にそう言い切れるのか、たった1度、1週間の滞在しかしていないわたしにはわからない。ただ、食という点においては間違いなく、そこには多様性があった。
きっと、わたしが食に関して小麦粉を食べないというマイノリティな側面をもっていたから、気づけたことなんだろう。もし他の特性を持っていたら、また別の気づきを得られていたかもしれない。
念のため書いておくと、わたしはこの世のすべての食べ物がグルテンフリーになればいいと思ってはいない。
小麦粉は米粉よりもタンパク質が多いという栄養面でのメリットがあるし、パンをふわふわにしてくれるのもグルテンの力。たとえ自分が食べなかったとしても、美味しいパンの焼ける香ばしいにおいに、わたしは心癒される。
だから、小麦粉でできた美味しいものはこれからもどんどん世の中で愛されていってほしいし、それと同じくらい、グルテンフリーやヴィーガンの、幅広いひとが食べられるものも増えてほしい。
マイノリティへの選択肢を増やすことは、既存のマジョリティの居場所を奪うことではないとわたしは思う。
「小麦粉が食べられない?オッケー!そしたら、これが選べるよ」
そんな懐の深さを感じさせてくれた、フィンランドの食事が大好きだ。








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