旅の居心地【2泊3日韓国編②旅の居心地を左右するもの】
とりのささみこが、2024年春に出かけた韓国旅行を振り返りつつ、旅の居心地について考えるシリーズ。
前回は、メンタル不調のなか2泊3日の韓国旅行を敢行した結果、気づかずハマってしまった居心地のわるい日常がぶっ壊されて無事楽しく元気に帰って来れました、という話をした。
予期せぬことやいつもと違うことは、こころへのカンフル剤になる。
とはいえ、あまりに大変な目にあうのはストレス過多。
旅にトラブルはつきものだけど、物理的にも精神的にも対処と許容ができる範疇であってほしい。
問題は、自分側の許容範囲をどれくらい広く持っていられるか。これを決めるのが、一緒に過ごすのが誰かという点だと思う。
旅のなかま
韓国へ一緒に行ったのは、中学高校の同級生たち。
わたしも入れて4人。定期的に集まっては、ご飯を食べたりお互いの誕生日を祝ったりする間柄で、国内の旅行はすでに何度もしている。

全員6年間同じ学校で過ごしてきたが、遊ぶ頻度があがったのは社会人になってからだったりする。うちひとりとは、なんなら在学中ほとんどしゃべったこともなかったので、不思議なものだ。
中高一貫の私学で、生徒数が少なく、都内の若干郊外よりに在り、カトリック系特有の俗世から浮いてる感をもち、勉学の指導はスパルタめの女子校で育ったわたしたちには、ゆるくも太い連帯がある。旅行前に心配だったのは、彼女たちの前でこころのバランスを崩してしまうこと。
その頃のわたしは色々と過敏な状態で、ふつうなら気にも留めないようなことが辛かったり、苦しかったりしていた。いくら薬があるからといえ、不安の種は消えなかった。
もしわたしのせいで楽しい思い出に水を差してしまったら…。しかし結局、2泊3日間、恐れていたような事態にはならず。
最終日に疲労がたまってぼーっとしてしまうことはあったけれど、最初から最後まで、楽しく落ち着いた気持ちで過ごせたのは、やっぱり一緒に行った友人たちのおかげだと思う。
トラブルも気づけばへっちゃら
「あれはトラブルってほどのことじゃないよ」と、帰国後に友人は言ったが、わたしとしては印象に残るできごとがあった。電源ショート事件。1日目の夜、ホテルで起きた。
昨今のトコジラミ流行もあり、ある程度慎重に選んだ滞在先は、人気観光地・明洞駅を出てすぐの立地。日本人も多く泊まるようでフロントでは日本語が通じ、全体的に清潔で、値段のわりによい印象だった。部屋も事前に予想していたより広く、スーツケースを4つ運び入れても狭くるしくならない。
わたしたちが喜んだのは、日本式と韓国式でコンセントが2種類あったこと。各自、一応プラグは持参していたけれど、いつもの充電器のままスマホを充電できるのはラクだ。そもそも差し口の数が多い。そして、クローゼットを開けてみると、ドライヤーが2台備えられていた。

「スマホもみんなで充電できるし、ドライヤーの順番まちもしなくていいじゃん。ラッキー!」
これが間違いだった。
いや、でも、部屋に備え付けのドライヤーが2台あったのは罠じゃないか?
察しのいいひとならもう気付いているだろうか。
スマホ4台フル充電、風呂場の電気はつけっぱなし、なんとなく現地っぽさを垣間見たくてダラダラ流し見していたTV。そこで稼働する2台のドライヤー。
ばちんという音とともに、すべての光と音が消えうせた。
「わ、ブレーカー落ちたわ」
驚きはしたけど、冷静に対処。英語の堪能な友だちがすぐフロントへ電話をしてくれた。
が、ここからが長かった。
フロントから派遣されてきたおじちゃん(いかにも用務員さんという感じ)は、英語も日本語もわからない。わたしたちは全く韓国語を使えない。
身振り手振りを駆使して、おじちゃんと意思疎通をはかる。なぜか新しく別のドライヤーを持ってくるおじちゃん。違う、ドライヤーの故障じゃない。ブレーカーをあげてくれたらいいんだ。またフロントに電話するが、あまり起きない事態なのか、フロント係も困惑している様子。今度はおじちゃんとフロントが直接、電話で話し始める。何を言っているか全くわからない韓国語。しばらくして、おじちゃんは今度は脚立を持ってきた。スーツケースをどかすわたしたち。天井の、ブレーカーがあると思われる蓋を開けて中で作業をしてくれるおじちゃん。電気はまだかえってこない…
この状況、ふだんのわたしだったら、耐えられなかったのではと思う。
コロナ禍以降、わたしにはすこし、潔癖なきらいがある。プライベートゾーンにいくつか境界を引くようになった。
外から帰ってきたらすぐ着替える。外界(飲食店や電車の椅子)に着席した服で、絶対にソファには座らない。そもそも外出中も、服が地面やエスカレーターのへりにつかないよう、最新の注意を払っている。
いちばんの聖域はベッド。風呂に入って清潔な寝巻(リビングの椅子やソファには座らない)でなければ絶対にベッドに乗らない。ひとり暮らしで1Kのころは、わざわざベッドカバーをかけて布団を守っていた。
だから、お風呂に入ってすっかり寝巻になったあと、知らないひとが部屋に出たり入ったりするのは、いつものわたしだったら相当ストレス負荷が強いことなのだ。しかも、わたしたちがスリッパゾーン(外の靴では歩かない)と決めていた部屋の奥のほうまで土足でやってくる(もちろん、おじちゃんは悪くない…むしろ感謝…)。加えて、電気の復旧目処は立たないという不安感。
5日前、家にいたときのわたしだったら、間違いなく”波”が来ている。でも平気だった。薬のおかげもあるだろうけど、友だち3人がみんな落ち着いた調子でいてくれたのが効いたと思っている。
困ったねぇ、と口にはしつつ、穏やかに冷静な彼女たちの「これくらいへっちゃらでしょ」感。その横にいるとわたしも、「大丈夫だ」「これは大したことじゃないんだ」という気持ちを保てた。
結局30分近くの問答のすえ、どうやらブレーカーが落ちたのではなく特定の電線自体がショートしてしまったらしい、ということが判明した。工事時間の目安は30~40分。
実際のところ、状況はそこまで悪くはなかった。電気系統が複数あり、日本式コンセントと一部の電灯は生きていたし、トイレも使えたので問題はない。疲労がたまったわたしたちは、今日のところは睡眠を優先し、明日の外出中に修理工事をお願いすることにした。
そして翌日。朝から出かけて、夕方ホテルに戻ってみると無事すべての電気が使えるように。ベッドメイクもされた部屋には、「複数の電化製品を使うと故障の原因になるから、注意してくださいね。次やったら罰金とりますよ」とちゃんと日本語で書かれた案内の紙が置いてあった。
うん、ごもっとも。
友だち、という距離感。
居心地をととのえるのに手っ取り早く、効率的なのはお金をかけることだろう。
とくに旅においては。お金を出せば、ゆったりファーストクラスに乗れるし、サービスの充実した一流ホテルにだって泊まれる。
でも、お金が作用するのは自分以外の外的な要素でしかない。内的な、こころもちの方を引き上げてくれるのは、やっぱり誰と一緒にいるかということだと思うのだ。
「外」を変えるより、「内」を変えられるほうがつよい。わたしが目指す、いつでもどこでも居心地よくいられる状態には、こっちのほうが確実にたどり着けるのではないだろうか。
あと、親やパートナーではなく、友だちが相手なのもよかった。
たとえば、もしいま夫とふたり旅をしたら、たぶん、めちゃくちゃ甘えてしまう。移動中の荷物だって持ってもらうし、泣き言やワガママもきっとこぼれる。そして、そんな自分をあとから悔いたり責めたりするに違いない。
疲労や負荷が減ったとして、自分へのモヤモヤが増えてしまっては仕方がない。
友だちは、安心できる存在だ。けれど、家族ほどの甘えを向ける対象じゃない。自分でしゃっきりしていなくちゃ!と、心に芯をもてた。それがいまのわたしには、貴重な成功体験だった。

ひとり旅のほうが気楽でいい、というひともいる。自分だけで、自分の好きなようにどこへでも行けるし、なんだってできるから。
でもそれは、いまのわたしには適していないだろうな、と思う。そもそもひとり旅は未経験なのだけど、ただでさえ悩みに閉じ込められやすい状態なので、長時間自分に向き合いつづけるのはちょっとヘビーだ。
ほかの誰かがいるから、ひとりでは見えなかった自分の強さや明るさに気づけることもある。これ、この韓国旅行で得た収穫。
いつか、もう少し元気になったらひとりで旅に出かけてみて、その居心地も味わってみたい。
今日の記事はここまで。前回より、考えをまとめるのに少し手間取ってしまった。
韓国編はまだ、もう少し続く。次回は、旅先としての韓国の居心地を振り返ってみよう。






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